勝連城址は世界遺産になり、その名を広く知られるようになりましたが、地域の子どもたちが育つ場との関係性が語られることは多くありません。
勝連城址に関連し、「現代版組踊」というなまえをここに置きます。
沖縄県外の人には耳慣れない「組踊(くみおどり)」とは、日本の歌舞伎、中国の京劇に類する、沖縄の伝統的な芸能です。
その「現代版」は、伝統の枠から大きく飛び出し、言葉も音楽も現代版。踊り、演じるのは、主に地域の中高生というものです。
1999年、うるま市(旧勝連町)の教育委員会が、勝連城10代目城主「阿麻和利(あまわり)」の功績を子どもたちに伝え「地域の誇りと肝高の精神をもたせたい」と演出家の平田大一さんに依頼し「阿麻和利(あまわり)」の半生を描く舞台が生まれました。
この現代版組踊を、はじめ、たいていの人は「中高生が頑張っていてすばらしいですね」などと深い関心を示します。
が、舞台を見終わったとたん、観ていない人に「観たほうがいい!」と薦める側の人間に変わります。その理由は演劇や踊りの完成度が高いというだけでなく、舞台上の子どもたちが人として美しく、熱い感動を与えてくれるから。
平田さんは著書にこう記しています。
「僕は地域に眠る伝承や神話、史実を丁寧に拾い上げては、物語を紡ぎ出す。そして、オリジナルのテーマソングを創作し、プロの音響や照明を駆使して、本格的な舞台を子どもたちに提供する。自主性を持った子どもたちと本気の大人たちが作り上げた舞台は、元気のないマチが元気になる方法、新しいマチづくりの一つの模範例になり得ると信じている。子どもが変わることで、大人も変わり、やがては地域も変わる」
現代版組踊の話をここで結んで、うるま市の4つの島の子どもたちが通う彩橋幼小中学校へ向かいましょう。
ちょうど休み時間の入り口からは、ウクレレの音色が聞こえてきました。
沖縄本島とうるまの4つの島を結ぶ海中道路のお祭に子どもたちが出演するので、これから練習をするとのこと。
うるま市立彩橋幼小中学校は、100年以上の歴史がある「伊計島」の伊計小中学校、「宮城島」の宮城小学校、桃原小学校、宮城中学校、「浜比嘉島」の比嘉小学校、浜中学校、「平安座島」の平安座小中学校という7つの学校を、平安座島に統合し、2012年に開校しました。
当初、統合には地域の強い反対があり、話し合いには3、4年の月日が必要だったといいます。
学校と地域の関係について、佐次田校長は自衛隊配備の問題で島が割れてしまった与那国島の例を挙げて言います。
「自衛隊員とその子どもが住むことで人口が増加し学校が保てる。そこで、自衛隊配備の賛成・反対の意見がぶつかりました。配備が決まった今、新しい歩みが始まっているようです」
うるまの島の子どもたちには、「総合」という授業のなかで、学年ごとに4つの島のことをひとつずつ学ばせ、足元、根っこをつくりたいという校長。
また「学校というのは基本、住まいがあるところに指定校があるんですけど、ここの場合、特認校で、指定校以外の子でも通えるんです」
例えば、外国からの子どもを迎え入れるなど、広く門戸が開かれています。
「この島にはそういう子どもたちを受け入れられる度量がある。新しい風が入ってくると、また視点も増えるし、成長していきます。職員はたいへんかもしれないですが(笑)」
小学生の教室には壁がありません。
放課後の塾は元学校教師に委託しています。中学生が対象で、週2回。
「講師の個性も活かしてやってもらっています」
英語が堪能という渡久地教頭が、こんな話も。
「お年寄りたちがみんなの注目を浴びて踊るウスデークという行事あるんですよ。島ではお年寄りがスポットライトを浴びる回数が多くて、それで元気になる。おじぃの指笛とか出るんです。98歳のおばぁまで踊ります」
話は広がっていきました。
「具志川市・石川市・勝連町・与那城町が、うるま市に合併した時に一番ハンディキャップがあったのは実はここ(島しょ地域)。夕張じゃないですけど、行政が逼迫していました。ただ発展の可能性があるのもここ。まだ手を入れられる」
「例えばこれからの時代、お年寄りが増えていくところを見越して、老人が安心して働いて暮らせる施設があってもいい。島には海もある。山もある。畑もある。健康に暮らせる施設みたいなものがここだったらつくれるんじゃないかな。そこに雇用も生まれてくる。自然のなかで働くということも前提になっているような。介護よりもっと前向き。そういった可能性がまだ眠っている島です」と校長。
「今、生きやすい子って、行動が速い子、コンピューターが使える子、空気が読める子ってなってくる。うるま市の人口12万人ちょっとのなかで、確か900人くらいニートがいる。知り合いにとび職の社長がいるんですが、求人を出しても人が来ないので、仲介業者に依頼してベトナムやフィリピンの方々にお願いしているようです。若い日本人は3Kの仕事に手を出さない。だとすると我々がやってきた教育っていうのは、少し弱い部分があったかも。その結果、この市に900人のニートがいる。ただ、こういう小さい島々に本土から住み着く人たちを見ていると、日本という国の多様性じゃないかなと思います。まず住民が健康に動いて、小さいコミュニティがちゃんとまわっていくようになった時に、社会も変わっていく気がしますね」
4つの島の子どもたちが通う幼小中が校があるのは平安座島ですが、児童舘は宮城島にあります。
夕方には彩橋小学校の生徒が放課後に集う学童があり、とても賑やかです。
「学童室で宿題する子、体育館でドッヂボールする子、隣の公園で走り回る子……。そうやって自由に過ごすのを見守っています。親の帰りが遅いとか“ちょっと気になる子”も。1年生がドッチボールに入ると、高学年のお兄ちゃん、お姉ちゃんは左手で投げます。必然的な自治ルール。勝負の時は右手で投げますけどね(笑)」と館長の豊永栄子さん。
週に1回の「ちびままクラブ」もあります。
「島で子育てしている親が悩みとか話せるように、一緒にお昼ご飯を食べながらおしゃべりしています。参加する親子は3組ぐらいだけどね。交流企画は他の児童館と比べると多いですよ。本島の児童館や島の老人会の方々が来たり、あと宮城自治会がここにあるから集落の人もよく来るし、いろんな人によくしてもらっている児童館です」
今の時代、どこまでも標準化されがちな教育とは異なる道が、うるまの島々にはあるのかもしれません。