海中道路を渡ってすぐにある平安座島。うるまの離島で唯一コンビニがある、まさにイチチぬ島の玄関口のような島ですが、この平安座島には、琉球王国時代から伝わる、ある技術を継承するめずらしい場所があるとのこと。
アテンド役の菊地くんが案内してくれたそこは、『越來(ごえく)造船』という小さな造船所でした。普段神戸に住む僕にとって、おぼろげながらもイメージする造船所は、川崎重工のような大きな施設ゆえに、失礼ながらこんな小さな造船所があるの? と、そのことにまず驚きます。
18世紀初頭に中国から伝わった交易船「マーラン船」。明治から戦前にかけては、沖縄本島ー奄美間の重要な輸送手段だったというマーラン船も、1960年頃にはその姿を消します。とともに消えかけたのが、木造船の技術でした。沖縄だけでなく日本全体を見渡しても、木造船の技術を伝える船大工が希有ないま、ここ『越來造船』は、その技術を後世に残そうと、いまも木造船を作り続けています。
『越來造船』で船大工を務める越來勇喜さん(37)に、実際の木造船を見せていただきつつ、お話を伺いました。
セリフ:“かすがい”がこんな形なんですね。
セリフ:そうですね。沖縄の方言では「ふんどぅー」って言います。
セリフ:なんだか丸みを帯びててかわいい。
セリフ:うちのは丸みを帯びてますね。
セリフ:コナンの蝶ネクタイみたい。
セリフ:あははは!
セリフ:すごくいいアクセントになってます。
そもそも、この船はどう使われるんですか?
セリフ:もともとは漁船。いまはハーリー(旧暦5月4日に航海の安全や豊漁を祈願し、サバニと呼ばれる伝統漁船で競漕を行う年中行事)専門になってしまったんで。
セリフ:むこうにある船はさらに大きいですね。
セリフ:むこうのはマーラン船っていう貨物船です。漢字で馬艦と書いて、馬のように足が速いっていう意味です。
セリフ:いまでもああいう大きいのはつくるんですか?
セリフ:これは6年前にうるま市から依頼があって。建造しました。
セリフ:乗ってみたい。
セリフ:勇喜さんは何代目になるんですか?
セリフ:四代目になります。
セリフ:「越來」っていう苗字がとても印象的なんですけど、うるまにはたくさんいらっしゃるんでしょうか?
セリフ:うちだけですね。この名前は間違いなくうちの親戚です。名前とは全然関係ないのですが中国では越來と書いて「ますます」っていう意味があるみたいですよ。
セリフ:へえ〜。どんどん船で波を超えていくイメージが浮かびますね。
セリフ:ちなみにこの木は宮崎県の日南市で採っています。
セリフ:宮崎県の日南市ですか?
セリフ:はい。西日本の木造船はほぼ100パーセント日南市の飫肥杉(おびすぎ)を使っていたみたいですね。すごく油がのってて粘りがあるんですよ。だから水に強くて曲がるという船材としては最高の木なんです。
セリフ:へえー、そうなんですね。
セリフ:飫肥杉にも十数種類あるんですけど。
セリフ:そんなに?
セリフ:たとえば黒味が強い飫肥杉は重たいんですよ。だからうちの場合は船の下のほうに使ったりします。ちなみに船の発注が入るとまず山に入って木を探します。
セリフ:え? 越來さん自ら?
セリフ:はい。山師さんと一緒に入って、倒してもらいます。
セリフ:育ってるのを見て判断するっていうことですか?
セリフ:棟梁が行って、今回つくる船の曲がりに適した木はこれだって指示するんです。
セリフ:船の曲線部分に使う木材ってことですか?
セリフ:そうです。曲がった木を見つけるのも大変なんですけど、そのなかからさらに木目の密度が高い目細(めごま)を選びます。木目の幅が狭いといい木なんですよ。日当たりの悪いところはつまってるんです。
セリフ:そういう材が減ってきているってことはないんですか?
セリフ:材はいっぱいあるんですけど、目利きがいないです。だから本来、僕らは山に入らなくていいはずなんですけど、我々がオーダーする木を選べる人がいないので入らざるを得ない状況なんです。
セリフ:なるほど。そういうことなんですね。
セリフ:越來さんの他に木造船をつくっているところはあるんですか?
セリフ:一番有名なのは鵜飼に使用する鵜船ですね。
セリフ:岐阜県の鵜飼ですか! なるほどー。
セリフ:鵜飼は年に一回つくります。皇室に納める鮎を捕る為に。
セリフ:そうか。だからつくりかえなきゃいけないのか。
セリフ:乗り手もつくり手の人もプロで、とてもいい文化だと思います。
セリフ:そうやって技術も継承されていくし、伊勢神宮の遷宮のように、定期的につくることで技術を継承するという面があるんですね。
セリフ:そうですね。
セリフ:こちらは毎年つくられるわけではないんですよね。
セリフ:はい。一隻あればすむので。
セリフ:いま現在はつくってる途中なんですか?
セリフ:いや、いまはサバニも終えたので、つくってないです。今年は5月で終わりました。
セリフ:造船の作業がない時期もあるんですね。
セリフ:ありますね。
セリフ:その時期は何をされてるんですか?
セリフ:僕は「海の文化資料館」の嘱託(しょくたく)で船の説明をしてます。
セリフ:なるほど。
セリフ:最近では宮崎県日南市からの注文で日南市の地船の「チョロ船」を造りました。当地には造り手がいないそうで越來造船への発注でした。
セリフ:ほんとに技術者がいないんですね。貴重なんだなあ。どれくらいの期間でつくられるんですか?
セリフ:チョロ船で1年くらいですね。うちは棟梁がひとりと手元(弟子)の私でつくるんです。ただ船図を引く期間を入れたらもっとかかりますね。ちなみに木造船は転覆しても沈没はしないんです。
セリフ:そもそも、お父さんを継いで4代目になることに迷いはなかったですか?
セリフ:いや、大迷いでした。
セリフ:それはやっぱりご飯食べていけるのかなっていう?
セリフ:そうですね。綺麗事じゃないですから。
セリフ:そうですよね。実際、いまはどうですか?
セリフ:おかげさまでなんとか食えています。
セリフ:それこそ宮崎県の話じゃないですけど、他に誰もいないなかで、自分がやらなきゃっていう使命感を持ったりとかしないですか?
セリフ:そこは持たないようにしてます。綺麗事になっちゃいますから。
セリフ:なるほど。そうですよね。いまおいくつですか?
セリフ:今年37です。
セリフ:同世代の方でつくれる方って?
セリフ:マーラン船をつくれる人はいないですね。
セリフ:やっぱりそうですよね。
セリフ:木造船から鉄船とか漁船に移行していくんですけど、木造船・木造漁船にFRP(繊維強化プラスチック)を貼り付けた時代っていうのがあるんですよ。
セリフ:僕もそういえば木造船に乗った経験あるんだろうか? と少ない乗船経験を思い出すんですけど、せめてFRPが付いてた気がします。
セリフ:こういうサバニのような単純構造の木造船から複雑構造の木造漁船にいったときに、木造漁船は全くあたらしい船だと思われちゃったんですよ。ほんとはそれって進化なんですけど。それを新しい技術だとしちゃったもんで木造船からFRPに行くときに、よけいにそう思われて。
セリフ:ほんとは木造漁船をおさえておけば、マーラン船も難しくはないはずなんですけど、ここが乖離しすぎて。だから伝統木造漁船はサバニだけって思ってる人が多いです。木造漁船も本当は伝統的な船なんですけど。どっちかというとサバニの100倍くらい難しいです。
セリフ:100倍! どういうところが難しいんですか?
セリフ:一番わかりやすいのは木を曲げることですね。マーラン船や木造漁船の船首下部が縦になってる部分は船尾では真横に捻られています。そのための材を、型板貼って指矩(さしがね)を使って型取り作業をするんですね。それをやって一発ではめるんですけど。この部分、展開するとSの字になるんです。
セリフ:ええー! そうなんですか。
セリフ:なので、そのSの字にそった木を見つけるほうが一番無駄がないです。
セリフ:そこで山に入った時の話になるわけですね。ふつうに立ってる木を見て、これちょうどいいなあって判断するってことですか。
セリフ:はい。だから山での棟梁と私との話は他の人が聞いてもわからないです。山に入っても、3番目の外板に適してるねとかいう言い方になるんですよ。
セリフ:そうなんですね。そもそも図面を起こすのがすごいな。ほんとにわかってないと無理ですもんね。
セリフ:そうですね。
セリフ:また図面だけ残っていても、未来の人がつくれないですね。
セリフ:そうですね。僕はあとは経験を重ねるだけですね。「まだまだです」って言う相手と、そうじゃない相手と、正直、人によってわけるんですけど。ていうのも、この世界は年齢で判断されるんです。だけど俺ほどの経験を重ねた船大工は少ないと思うので。
セリフ:いくら年配の人であろうと経験っていう意味では。
セリフ:そういう意味で、つくれますよって。あなたがたが言うレベルの船は一通りつくれますっていう感じなんですけど。
セリフ:かっこいいなあ。
セリフ:船って人の命を預かるから、自分の船が一番って言わないとお客さんが納得しない。
セリフ:たぶん大丈夫ですとか言われたら不安になりますね。
セリフ:だからみんな自分のが一番って言うんで、船大工同士はだいたい仲がわるいです。
セリフ:あははは! すごいなあ。でも、仲がよくないと相手の状況がわからないから、米農家さんが実際は食べ比べたことがないのに、うちの米が一番うまいと言ってるみたいなことが起こりますよね。
セリフ:そこが、乗り手が育成できてないことの弱点ですね。乗り手がプロだったら、自分の用途に合わせた一番の船がわかるはずなんですけど。
セリフ:なるほど。そうですね。いろんな視点で人を育てていかなきゃいけないんですね。
セリフ:ええ。
セリフ:いま沖縄に船大工さんって沖縄には何人ぐらいいらっしゃるんでしょうか。
セリフ:けっこういると思いますよ。自称でいうと100人くらいいるんじゃないですかね。サバニだけでいうと。
セリフ:でも実際にああいうマーラン船をつくれるかっていうと。
セリフ:あれは船図引けないと絶対に無理なので。知ってるだけでも昔からの船大工っていうのは10人いないですね。みんな大先輩ですけど。
セリフ:一番年齢的に近い人でいくつくらいなんですか?
セリフ:60歳くらいかな。
セリフ:40歳50歳は飛びぬけちゃうんですね。
セリフ:だと思います。
セリフ:例えば東北で漆塗りの職人さんの話を聞くと、自分のような塗りの職人よりも、漆かきの職人さんが減ってるとか、周辺の人たちが必要っていう話をされるんです。そういう意味でいうと、いま越來さんが足りないと思うのはどういう人ですか?
セリフ:山師ですね。山師と木挽き。木挽きが言ったとおりに挽けないんで。言ったとおりに挽けないって見積もって注文するんです。ほんとは一寸で欲しいなと思っても一寸五分で挽いてもらって、こっちで整える。
セリフ:手間かかるなあー。
セリフ:それは仕方ないですよね。
セリフ:むこうはむこうでわりとプライドを持ってらっしゃる?
セリフ:それがプライドないからダメなんですよ。
セリフ:そうなのか〜。
セリフ:先輩呼べばいいのに。定年になった人たちに頭下げて教えてくださいってひとこと言えばすむんですけど、言えないっていうのが。それをプライドと思っているのかは知らないですけど。そこが足りない部分ですね。もったいないです。せっかく先輩たちがいるのに。
セリフ:そうですよね。
セリフ:越來さんはいつから船大工になろうと思ってたんですか?
セリフ:中学くらいからは手伝ってますからね。でも高校卒業のときに学校に行こうかなと思ったんですけど、じいさん、うちの2代目が、最後の仕事だと。それを手伝ってからでもいいんじゃないかってなって。
セリフ:それでまんまと。
セリフ:まんまとやられました(笑)。
セリフ:ちなみにそれはほんとうに最後の仕事でしたか?
セリフ:ほんとに最後でした。あえて俺のためにやったようなもので。
セリフ:そうなんですね。でもそこから職業にするっていうのはかなり勇気がいりますよね。
セリフ:ですね。あの頃はスマホとかなかったので、仕事が終わったら先輩の家に酒を持って行って、3時間は前回と同じ話。最後の10分で聞きたいことに答えてくれるんですけど、その10分が命なんです。目の前でメモとると絶対に教えてくれないんですよ。だから聞きながら、重要なところで自分の爪に跡をつけるんです。それで「お邪魔しました」って家の外に出たら自分の爪を見て思い出すんですよ。それくらい必死です。
セリフ:そんな記憶の仕方はじめて聞きました。その3時間、お酒の相手もするわけですよね?
セリフ:僕は飲まないです。帰りに車を運転しなきゃいけないんで。でもそこまでしないと教えてもらえないんですよ。
セリフ:そこでさらに勇喜さんの後継者ってなると。
セリフ:本気でやろうっていう人がいないですからね。いれば教えがいがあるんですけど。
37歳という、職人としてはまだ若手とも言える年齢ながら、越來勇喜さんが継承する技術とその思いはとても強靭で、44歳の僕はただただ圧倒されていました。テクノロジーの進化と技術の継承との間で『越來造船』が確かにいまあることは、うるま市の未来にとって重要な意味があるように思います。
イチチぬ島唯一のコンビニと造船所がある島、平安座島。この島で得た気づきの大きさは、地元神戸の三菱造船や川崎造船にも負けない、とてもとても大きなものでした。