沖縄県中部にあるうるま市から、青い海を両脇にまっすぐな海中道路をひた走ること約10分。本島から道路を渡っていける離島、平安座島・浜比嘉島・伊計島・宮城島。
この離島のなかで最も人口の多い平安座島で、A5ランクの牛肉を使用し食堂を営む「肉や食堂inへんざ」。沖縄県でも珍しいA5ランクの最高級牛肉をラフなスタイルで食べることができるこの食堂で、年間300kg近く廃棄されてしまう牛脂を使用し、異なる島の人々が協力して作ったちんすこうがある。
今回の記事では、そんな島のみんなで作ったちんすこうに秘められたストーリーをお伝えする。
【登場人物】
肉や食堂inへんざ 南雄大さん
まじむじ食品代表。平安座島にある「肉や食堂inへんざ」のオーナー。母:南亜裕里(あゆり)さんと共に店を切り盛りし、店内の接客のみならず、お店全体のマネジメントを担当している。2021年からはうるマルシェに2号店を出店。
波と風と合同会社代表 森田直広さん
浜比嘉島にて海ぶどうやもずくの養殖・販売、カフェエリアなどを運営する「波と風と合同会社」代表。出身は東京都だが、大学から沖縄へ移り住み、現在は島しょ地域の一つである宮城島に住んでいる。
あごーりば食堂 土田芳枝さん
宮城島にある「あごーりば食堂」を運営するSU-TE(スーテ)のメンバー。主にレシピ開発や調理を担当している。沖縄県出身で、就職と共に東京へ移り住むも、2019年から祖父母の家があった島しょ地域へ移住。「あごーりば」とは宮城島で「お召し上がりください」という意味。
きっかけは廃棄されてしまう年間300kgの牛脂
ーー雄大さん、今回はどうぞよろしくお願いいたします。まずは「肉や食堂inへんざ」を知らない方へ、肉や食堂がどんなお店か教えていただけますか?
雄大さん:肉や食堂inへんざは、沖縄県平安座島でA5ランクの宮崎牛が食べられる食堂です。私たちが取り扱っている宮崎牛は、今日本で一位になっている牛肉。それを島の雰囲気のなか、気軽にビーチサンダルや半ズボンで食べにくることができる「食堂」のイメージを崩さないようにしています。
私たちが平安座島で食堂を開いたのは2018年のこと。もともと大阪で50年近く精肉店をやっていたので、その時の経験を生かして肉の仕入れや調理をしています。
ーー肉や食堂さんは、私自身何度も足を運んでいるお気に入りのお店なのですが、そんな食堂で牛脂のフードロスがでてしまう背景には一体どのようなことがあったのでしょうか?
雄大さん:そもそも牛脂は、肉の可食部に覆いかぶさるようについているものなのですが、一般的なレストランでは使いたいメニューに合わせて肉を仕入れるため、牛脂部分はある程度カットされた状態で運ばれてくるんです。
一方、肉や食堂の場合は塊肉を仕入れているため、提供する際に牛油はこちらでカットする必要があります。1週間に約6kgくらいはロスがでるので、年間だと約300kgを超える牛脂が廃棄される計算になります。
精肉店をしていた頃から牛脂のロスはあったのですが、当時はお肉を買っていただいたお客様に牛脂を無料で配ったり、業者に買い取ってもらうことで対処していました。だけど今は、食堂で提供する牛肉を保管するだけで冷蔵庫はいっぱいだし、牛脂を買い取ってくれる業者もおらず、300kg近い牛脂は廃棄するしかなかったんです。
ーー1年で300kgはかなりの量ですね。それを今回ちんすこうに入れようと考えたのはなぜですか?
雄大さん:前々から、こうして廃棄してしまう牛脂をなにかに活用できたらいいなとはずっと思っていました。
牛脂って野菜炒めなどに使うと一気に味わいが変わるんですが、沖縄ではラードが主流で、牛脂を一般的に使うことはあまりないんです。だから、そんな牛脂を活用する一歩として、もともと牛脂に近いラードが使われているものでなにかできないだろうか?と考えて…。
ちんすこうには、もともとラードが使われています。だから、僕もそれを牛脂に置き換えて試作を作ってみたのですが、時間が経つと油が酸化してどうしても油臭さがでてしまって。
しかも、私たちのお店は営業や仕込みでちんすこうを作る時間も人手も足りません。どうしようかなと思っているなかで、宮城島の森田さんからあごーりば食堂さんをご紹介いただき、すでにちんすこうを作る技術があり、島の繋がりのなかで一緒にできたら素敵だなと、今回開発をお願いしました。
僕がしたのはコーディネートではなく「暮らし」
ーーではここからは、今回肉や食堂さんとあごーりば食堂さんの繋ぎ役となった森田さんについてお話を聞かせてください。そもそも森田さんは島しょ地域でどのような活動をされている方なのでしょうか?
森田さん:僕自身は、海ぶどうの養殖・販売をしたり、浜比嘉島で「波と風と」というカフェを運営しています。その一方で、島しょ地域の行政事業の一部を担当しており、今回のちんすこうもそれがきっかけで関わりはじめました。
肉や食堂さんに「牛脂をどうにかできないか」と言われた時は悩んだんですが、牛脂→油→油を使うもの→ちんすこうという流れのなかで、ちょうどあごーりば食堂さんがちんすこうを作っているのを知っていたので、ピカーンと閃いて両者に話をしたんです。
ーー森田さんはこの島しょ地域でいろいろなお仕事をされている方なんですね。たしか森田さんはもともと東京の出身でしたよね?
森田さん:はい、僕はもともと東京の出身です。沖縄には大学時代に移り住み、島しょ地域と関わりはじめたのは2020年のシマダカラ芸術祭(※1)がきっかけ。
コロナウイルスの影響で、それまでしていた福祉やコーディネーターの仕事が減り、人生をリセットするつもりでやりたかった生産者の仕事をするため島しょ地域へ移住しました。
僕はコーディネーターという仕事をしてきて、それを生業(なりわい)にしたくないと思っていたんです。なんかこう、コーディネートって主語がないままプロジェクトが進んでしまうことがあって、主体性のない仕事がいやだったんですよね。
ーーそんななか今回、森田さんが肉や食堂さんとあごーりば食堂さんのちんすこうに関わったのは、どんなお気持ちからだったのでしょう?
森田さん:「暮らし」ですね。コーディネートの仕事は、仕事としてやると主体性がなくなってしまう。だけど、日々の暮らしのなかで、僕も一緒にこの課題に関わっていきたいと思ったから、「地域の仲間の困りごとに一歩踏み込んで提案してみた」という気持ちで関わらせてもらいました。
ーー森田さんが島しょ地域に移住されてわずか2年で、そこまで地域の仲間に対して思い入れや愛着をもてるのはなぜですか?
森田さん:自分自身移住に関わる仕事をしてきたなかで、島という近い関係性のなかに入るからには「なにかしたい」という気持ちがありました。そうしないと、移住者として居場所がないとも思っていたんですよね。
だけどどうだろうな…。あんまりそういうことも、今は意識していないんですよね。
島のみんなにはとてもお世話になっている。恩返しをしたい気持ちもある。今回のことも無理やりやっているわけではないし、むしろ楽しいな、頼ってもらえて嬉しいなと思ってやっています。
やっぱり僕にとっては、暮らしのなかで起きた出来事なんですよね。
牛脂入りのちんすこうはクリーミーな味わいになった
ーーでは最後に、今回ちんすこうのレシピ開発をした土田さんにお伺いしたいのですが、今回肉や食堂の牛脂を使うにあたって最も苦労した点はなんでしたか?
土田さん:一番苦労したのは、塊の牛脂を”使える状態”に変えることですね。
通常ちんすこうにはラードを使うんですが、市販のラードって使いやすい状態に加工されているんです。それが、今回の牛脂は塊のまま。牛脂の塊を使える状態にする方法はネットで調べても出てこないし、どうしようと悩み、牛脂から油を煮出すために細かくカットしてみたんですがその作業がとても大変でした。
苦労したのはそれくらいですかね。それ以外は、もともとあごーりばで作っていたちんすこうのレシピを使ったので、油以外は変えずに作ることができました。
ーー確かに塊の状態のまま油を使うことってないですもんね。では、ラードから牛脂に変えて良かったことはなんでしたか?
土田さん:味がラードの時に比べて、ミルキーになったことですね。油を変えただけなんですけど、やっぱり遠くに牛を感じる味わいや香りになるんですよ。
あとはちんすこう以外にも、あごーりば食堂のサーターアンダギーや野菜ちゃんぷるーにも牛脂を使うことが増えました。ほら、今って油の値段があがったじゃないですか?私たちも油の値段があがって困っているなかで牛脂をいただいたので、自然な流れで別のメニューにも活用することになったんです。
もちろん人によっては牛肉が苦手な人もいるのでラードで作ることもありますが、私たちも牛脂をいただいて助かっています。
ーーちんすこうだけじゃない活用がされていたのは知りませんでした。それはお互いにとっていい変化でしたね。ちなみに今回のちんすこうは、平安座島と宮城島という異なる島が一緒に作ったものになりましたが、土田さんはこのプロジェクトにどんな気持ちで関わっていたのでしょうか?
土田さん:肉や食堂さんが平安座島で食堂をオープンしてから、もう4〜5年になります。私が宮城島に移住してきたのはそのあとの話になるけれど、その間いろいろなことがあったのをあごーりば食堂をつくったSU-TE(※2)のメンバーも見てきました。
そんななかで肉や食堂さんが困っていると聞いて、「なにかやってあげたい」というよりも「それなら私たちにできることはなんだろう」という気持ちでした。
島しょ地域は住んでいる人も少ないし、お店も少ない。そんななかで頑張っているお店はずっと続いてほしいし、これからも一緒に頑張っていきたいんです。
この気持ちは肉や食堂とあごーりばに限ったことじゃなく、他の島しょ地域のお店に関してもそう。どんどんみんなで協力し合いながらがんばっていける体制が島にはできているんですよね。
シマダカラ芸術祭(※1):島しょ地域全体を使って行われる芸術祭。現代アート、デザイン、食、工芸など約30組の作家たちが島を使ってアートを行う。
SU-TE(※2):あごーりば食堂を立ち上げた5名のメンバーからなる地域団体。
記事内で紹介した手作りちんすこうが食べられる「あごーりば食堂」。詳しい営業日は下記Instagramをチェックしてください。
・あごーりば食堂Instagram:
https://www.instagram.com/ago_riba/
・肉や食堂inへんざInstagram:
https://www.instagram.com/2983henza/
・波と風とInstagram:
https://www.instagram.com/namitokazeto/